<メッセージの紹介>
残念なことですが、一部のクリスチャンたちは「自分たちはもう救われたのだから、あとは、何をしても良い…。救われたのだから、これから後は、自分の好きなように生きていこう!」(≒無律法主義)などと考える傾向にあります。

しかし、そのような考え方は、明らかに聖書の教えではなく、当然、神様のみこころでもありません!天の神様は、救われたクリスチャンが、救われる前のような、「かつての生き方」をするのではなく、救われたクリスチャンとして生きていくこと(=歩んでいくこと)を望んでおられます。だから、エペソ書4章以降のみことばは、『その召しにふさわしく歩みなさい』とか、『神にならう者となりなさい』、あるいは、『光の子どもらしく歩みなさい』などと教えるわけです。

今回から3回ほどの予定で、じゃあ、『光の子どもらしく歩む』とは、具体的に、どういったような歩みのことなのか?というテーマでもって、聖書のみことばを学ぼうとしています。そういったことを学ぶことで、ますます、皆さんの信仰生活が聖書のみことばによって支えられ、また、より具体的なゴールを目指していけることを願います。どうぞ、このメッセージをお聞きください。

※メッセージの原稿は、この動画が公開されてから1週間ほどで、八田西キリスト教会のHP内で公開する予定です。

#八田西キリスト教会 #土井義広 #エペソ人への手紙 #パウロ書簡 #無律法主義 #召しにふさわしく #神にならう #光の子どもらしく #良い実 #暗やみ #暗闇 #霊的盲目 #パリサイ人 #光よりもやみを愛した #不品行 #同性愛 #同性婚 #軍縮 #核兵器 #平和の道を知らない #心から同意 #まことの光 #いのちの光 #わたしに従う者 #イエスに従う者 #聖化 #吃音

<メッセージ動画の構成とタイムライン>
0:00 導入&命題:光の子どもらしい歩みとは、どのようなものなのでしょう?
4:50 Ⅰ・そこには、必ず、良い実が実る!(8-9節)
5:23 ●『以前は暗やみでした…』とは?
30:27 ●『主にあって』とは?
34:18 ●『光となりました』とは?
35:28 <励ましの言葉>
38:05 メッセージ終了

●聖書個所(新改訳第三版):エペソ人への手紙5章8節
8 あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。