<メッセージの紹介>あなたはイエス・キリストを信じる信仰を持ってから何年ですか?その間に、「信仰のマンネリ化」というようなことを経験したことはないでしょうか?実は、一部のクリスチャンたちは「信仰のマンネリ化」とも言うべき、「霊的スランプ」を経験したり、あるいは、ずっと幼い信仰のままで、ほとんど信仰が成長しない場合があったりします。こういったことについて、聖書のみことばはどのように教えてくれているのでしょう?この前週とこの日とで、マタイ20章に記されてある「ぶどう園で働く労務者の例え」から学びました。多分、多くの人がご存知だと思います。早朝から働いた者も、昼から働いた者も、夕方5時から働いた者も、皆が一律に1デナリをご主人様から戴いたという、あのエピソードです。そこで語られてあるエピソードを通して、「信仰のマンネリ化」の原因や「救いの恵みに関する真理」について学びました。それと、救いに関する「神の選び」と「私たち人間の選択・責任」ということについても学びました。もしも、こういったことにご興味や関心があれば、このメッセージをご視聴ください。私たちは、聖書のみことばを説き明かすことで、皆様の霊的成長に貢献したいと願っています。#八田西キリスト教会 #土井義広 #マタイの福音書 #救いの恵み #救いは神の御業 #救いは私たちの選択 #救いは私たちの責任 #ギリシヤ語のエイス #栄光のからだ #栄化 #この曲がった時代から救われなさい #罪を赦していただくために #キリストにある幼子 #キリストにある成人 #霊的成長 #クリスチャンの成長 #クリスチャンの成熟 #初めの愛から離れてしまった #悔い改めて初めの行いをしなさい #ローマカトリック #聖書的カウンセリング<メッセージ動画の構成とタイムライン>0:00 導入&命題:「救いにおける神の恵み」とは、どのようなものなのでしょう?2:28 Ⅰ・救いとは、神様からの一方的な恵みである!(1-9節)11:55 Ⅱ・私たちが受けるものは、全く同じである!(10-16節)27:40 Ⅲ・私たちの霊的な成長は、均一ではない!(10-16節)28:15 ●私たち人間の勝手な思い込み?35:00 ●私たち人間の問題点!46:40 <励ましの言葉>49:33 メッセージ終了●聖書個所(新改訳第三版):マタイの福音書20章1-16節1 天の御国は、自分のぶどう園で働く労務者を雇いに朝早く出かけた主人のようなものです。2 彼は、労務者たちと一日一デナリの約束ができると、彼らをぶどう園にやった。3 それから、九時ごろに出かけてみると、別の人たちが市場に立っており、何もしないでいた。4 そこで、彼はその人たちに言った。『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。相当のものを上げるから。』5 彼らは出て行った。それからまた、十二時ごろと三時ごろに出かけて行って、同じようにした。6 また、五時ごろ出かけてみると、別の人たちが立っていたので、彼らに言った。『なぜ、一日中仕事もしないでここにいるのですか。』7 彼らは言った。『だれも雇ってくれないからです。』彼は言った。『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。』8 こうして、夕方になったので、ぶどう園の主人は、監督に言った。『労務者たちを呼んで、最後に来た者たちから順に、最初に来た者たちにまで、賃金を払ってやりなさい。』9 そこで、五時ごろに雇われた者たちが来て、それぞれ一デナリずつもらった。10 最初の者たちがもらいに来て、もっと多くもらえるだろうと思ったが、彼らもやはりひとり一デナリずつであった。11 そこで、彼らはそれを受け取ると、主人に文句をつけて、12 言った。『この最後の連中は一時間しか働かなかったのに、あなたは私たちと同じにしました。私たちは一日中、労苦と焼けるような暑さを辛抱したのです。』13 しかし、彼はそのひとりに答えて言った。『友よ。私はあなたに何も不当なことはしていない。あなたは私と一デナリの約束をしたではありませんか。14 自分の分を取って帰りなさい。ただ私としては、この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです。15 自分のものを自分の思うようにしてはいけないという法がありますか。それとも、私が気前がいいので、あなたの目にはねたましく思われるのですか。』16 このように、あとの者が先になり、先の者があとになるものです。」