<メッセージの紹介>
この日はルカ10章1-16節に記されてある「イエス様が70人の弟子たちを選ばれて、彼らを福音宣教の働きに遣わされたというエピソード」について学びました。

そのみことばを通して、「イエス様が持っておられた宣教に関する考え」について考察しました。一見すると、ここでイエス様は不思議な命令をしておられるように見えます。なぜ、 イエス様は70人の弟子たちに対して「財布も旅行袋も持たず、靴も履かずにいきなさい」などとおっしゃられたのでしょう?どうして、「道で挨拶してはいけない」のでしょう?

後半に出てくる、コラジンやベツサイダ、あるいはカペナウムの町は、どうして罰が重いのでしょう?もしも、あなたが、こういったことにご興味や関心があれば、このメッセージを聞いてみてください。私たちは、聖書のみことばを説き明かすことで、皆さんの霊的成長に貢献したいと願っております。

#八田西キリスト教会 #土井義広 #ルカの福音書 #大宣教命令 #弟子を作る #聖霊の働き #祈りの重要性 #福音宣教の大変さ #ソドム #ツロ #シドン #コラジン #ベツサイダ #カペナウム #ハデス

<メッセージ動画の構成とタイムライン>
0:00 導入&命題:イエス様がもっておられた、宣教に対する考えとは?
2:10 Ⅰ・神は、人が救われることを願っておられる!(1-2節)
2:43 ●イエス様は多くの町や村へ、救いのメッセージを伝えられた
6:09 ●人々が救われるのは、神の御業による!
13:42 Ⅱ・神は、宣教のために、救われた者たちを用いられる!(3-9節)
15:34 ●宣教のはたらきには、様々なものが付いてくる
21:38 ●宣教は、その家に平安をもたらす
29:33 Ⅲ・救いを拒む者の、責任はその者自身にある!(10-16節)
31:30 ●真の神は、やさしいだけではなく、必要な裁きを下される!
41:38 ●神の前にへりくだる者に、救いは与えられる?
45:45 <励ましの言葉>
48:48 メッセージ終了

◆聖書個所(新改訳第三版):ルカの福音書10章1-16節
1 その後、主は、別に七十人を定め、ご自分が行くつもりのすべての町や村へ、ふたりずつ先にお遣わしになった。
2 そして、彼らに言われた。「実りは多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。
3 さあ、行きなさい。いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に小羊を送り出すようなものです。
4 財布も旅行袋も持たず、くつもはかずに行きなさい。だれにも、道であいさつしてはいけません。
5 どんな家に入っても、まず、『この家に平安があるように』と言いなさい。
6 もしそこに平安の子がいたら、あなたがたの祈った平安は、その人の上にとどまります。だが、もしいないなら、その平安はあなたがたに返って来ます。
7 その家に泊まっていて、出してくれる物を飲み食いしなさい。働く者が報酬を受けるのは、当然だからです。家から家へと渡り歩いてはいけません。
8 どの町に入っても、あなたがたを受け入れてくれたら、出される物を食べなさい。
9 そして、その町の病人を直し、彼らに、『神の国が、あなたがたに近づいた』と言いなさい。
10 しかし、町に入っても、人々があなたがたを受け入れないならば、大通りに出て、こう言いなさい。
11 『私たちは足についたこの町のちりも、あなたがたにぬぐい捨てて行きます。しかし、神の国が近づいたことは承知していなさい。』
12 あなたがたに言うが、その日には、その町よりもソドムのほうがまだ罰が軽いのです。
13 ああコラジン。ああベツサイダ。おまえたちの間に起こった力あるわざが、もしもツロとシドンでなされたのだったら、彼らはとうの昔に荒布をまとい、灰の中にすわって、悔い改めていただろう。
14 しかし、さばきの日には、そのツロとシドンのほうが、まだおまえたちより罰が軽いのだ。
15 カペナウム。どうしておまえが天に上げられることがありえよう。ハデスにまで落とされるのだ。
16 あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾ける者であり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒む者です。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒む者です。」