<メッセージの紹介>
ここの少し前から、マタイ5章21節以降のみことばで、イエス様は「すべての者たちは皆、神の前に罪人である!当時の民衆たちが聞いていたような、律法学者やパリサイ人たちの教えは間違っている!」ということを教えてくださっています。…と言いますのも、当時の律法学者やパリサイ人たちは、「自分たちは、神の律法を守り行なえている!自分たちは、行ないによって救われ得る!」(ルカ18章)と考えていたからです。
しかし、完全な御方である神様の基準は、そのような次元の低いものではありません。聖書のみことばが一貫して、私たちに教えてくれているのは、「すべての人間たちは皆、神の前に罪人である!私たち人間は、行ないによっては誰一人救われ得ない!」ということなのです。
今回のみことばで、イエス様は結婚ということをテーマに、神様のみこころというものを説き明かしてくださっています。当時の民衆は、「離婚状を与えれば、離婚しても良い!モーセは、そう教えている。」と律法学者やパリサイ人たちから教えられておりました。しかし、イエス様は、「そうではない!」ということを教えてくださっています。
現代におきましては、多くの人たちが「もし結婚に失敗すれば、離婚して、やり直せば良い。正式な結婚をする前に、同棲をして、試したら良い」というような風潮があります。しかし、そのように、簡単に結婚や離婚をすることは、神様のみこころではありません。もちろん、結婚前の男女が一緒に暮らすことも、神様のみこころではありません。そのような軽はずみな行動が、どれほど、間違った結婚を生じさせ、悲しい事件のきっかけとなっているでしょう?どうか、このメッセージをお聞きください。
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<メッセージ動画の構成とタイムライン>
0:00 導入&命題:結婚に関する神のみこころとは?
3:53 Ⅰ・当時に考えられていた、離婚の基準!(31節;マタイ19章7節)
4:59 ・当時の離婚事情
11:25 ・聖書を正しく解釈するに当たって…
15:34 Ⅱ・神の前に認められる離婚とは?(32節;マタイ19章8-9節)
15:58 ・モーセの時代に起こっていた問題点!
24:32 ・新約聖書で認められてある、もう1つの離婚の条件
27:58 Ⅲ・そもそも、結婚とは何なのでしょうか?(32節;マタイ19章3-6節)
28:33 ・1度結ばれたら、それを解消することはできない!
34:49 ・最高のパートナーとは?
45:57 <励ましの言葉>
47:34 メッセージ終了
●聖書個所(新改訳第三版):マタイの福音書5章31-32節
31 また『だれでも、妻を離別する者は、妻に離婚状を与えよ』と言われています。
32 しかし、わたしはあなたがたに言います。だれであっても、不貞以外の理由で妻を離別する者は、妻に姦淫を犯させるのです。また、だれでも、離別された女と結婚すれば、姦淫を犯すのです。