<メッセージの紹介>
この日(2026/9/19)は、八田西CCで「敬老のお祝い会」という伝道集会を開きました。この日は、集会(午前の部)の後、ランチを皆で楽しみ、その後は、証しのための余興を中心とした集会(午後の部)を持ちました。

正直言って、この日、スタッフのほとんどは、高齢者のケアやランチなどの用意で、いつものようなP.A.(音響&ページ送り)を担当してくれる、メッセージ中のサポートスタッフがおりませんでしたので、メッセンジャー自身が配信とP.A.を兼任しましたので、多少の不自然さはご容赦ください。(;^_^)

この時は、ヨハネの福音書3章のみことば(の抜粋)から「新しく生まれる」ということについて考察してみました。なぜ、イエス様はニコデモに対して、「新しく生まれる」の必要性について語られたのでしょう?また、「新しく生まれる」とは、どういうことなのでしょう?どうしたら、私たちは「新しく生まれる」ことができるのでしょう?もしも、こういったことにご興味や関心がありましたら、このメッセージをお聞きください。私たちは聖書のみことばを説き明かすことで、皆様の霊的成長に貢献していきたいと願っています。

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<メッセージ動画の構成とタイムライン>
0:00 導入&命題:イエス様が、ニコデモに教えようとされたこととは?
1:46 Ⅰ・どれだけ立派に生きても、それは十分ではない!
5:20 Ⅱ・必要なのは人生の修理ではなく、新しく生まれること!
9:27 Ⅲ・何歳になっても、永遠のいのちを受けることができる!
22:51 <励ましの言葉>
26:18 メッセージ終了

●聖書個所(新改訳第三版):ヨハネの福音書3章
1 さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。
2 この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行うことができません。」
3 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
4 ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」
5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。
6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。
7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。
8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」
9 ニコデモは答えて言った。「どうして、そのようなことがありうるのでしょう。」
10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか。
11 まことに、まことに、あなたに告げます。わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのに、あなたがたは、わたしたちのあかしを受け入れません。
12 あなたがたは、わたしが地上のことを話したとき、信じないくらいなら、天上のことを話したとて、どうして信じるでしょう。
13 だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。
14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。
19 そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。
20 悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。
21 しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。
22 その後、イエスは弟子たちと、ユダヤの地に行き、彼らとともにそこに滞在して、バプテスマを授けておられた。
23 一方ヨハネもサリムに近いアイノンでバプテスマを授けていた。そこには水が多かったからである。人々は次々にやって来て、バプテスマを受けていた。
24 ──ヨハネは、まだ投獄されていなかったからである──
25 それで、ヨハネの弟子たちが、あるユダヤ人ときよめについて論議した。
26 彼らはヨハネのところに来て言った。「先生。見てください。ヨルダンの向こう岸であなたといっしょにいて、あなたが証言なさったあの方が、バプテスマを授けておられます。そして、みなあの方のほうへ行きます。」
27 ヨハネは答えて言った。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。
28 あなたがたこそ、『私はキリストではなく、その前に遣わされた者である』と私が言ったことの証人です。
29 花嫁を迎える者は花婿です。そこにいて、花婿のことばに耳を傾けているその友人は、花婿の声を聞いて大いに喜びます。それで、私もその喜びで満たされているのです。
30 あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。」
31 上から来る方は、すべてのものの上におられ、地から出る者は地に属し、地のことばを話す。天から来る方は、すべてのものの上におられる。
32 この方は見たこと、また聞いたことをあかしされるが、だれもそのあかしを受け入れない。
33 そのあかしを受け入れた者は、神は真実であるということに確認の印を押したのである。
34 神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。
35 父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。
36 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。