ここでは、当教会での「礼拝の様子」を録画したYouTube動画を公開しています。そのため、動画の初めには礼拝前の様子や賛美、祈りなどが録画されてあります。メッセージは、動画の開始後10-15分ほどしてから始まります。
メッセージの原稿は、動画の公開後1週間ほどしてから公開しています。

※すぐ下の「YouTubeのボタン」は、八田西CCのYouTubeチャンネルを登録するためのボタンです。もしよろしければ、ぜひ、ボタンを押して、私たちの働きに協力してください。
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メッセージの一覧

2021/03/07、マルコ7:24-30、イエス様が称賛された信仰

<メッセージの紹介>
実は、新約聖書を見た時、イエス様は、どちらかと言うと多くの人たちの信仰に対して、「信仰が薄い」とか、「不信仰だ」とか、「あなたたちの信仰はどこにあるのですか?」とおっしゃって、彼らの信仰があまり模範的なものでないことを嘆いておられます。

しかし、数は少なくても、イエス様はある時に「あなたの信仰は立派です」とおっしゃって、ある人たちの信仰を称賛されたように見えることがあります。今回は、その内の一人である「カナン人の母親の信仰」を通して、本物の信仰について、あるいは、神様の喜ばれる信仰について、ご一緒に考えていきましょう!

2021年03月07日

2021/02/28、マルコ7:14-23、人を汚すもの

<メッセージの紹介>
私たち人間社会には、どこに行っても、様々な種類の「差別」があります。今から2000年前のユダヤ人たちも、異邦人たちのことを見下し、汚れていると見なして差別をしておりました。だから、イエス様の時代に生きていたパリサイ人たちは「手を洗うこと、身を清めること」にこだわっていたのです。

しかし、イエス・キリストはおっしゃいます、「あなたたちの外側にあるものは、あなたたちのことを汚すことはない!あなたたちの内側にあるものが、あなたたちのことを汚すのです!」と。果たして、イエス様は、どんなことを教えてくださったのでしょう?

それと、今回のみことばを受けて、現代の私たちは、どのようなことを教訓として、何をして、どのように生きていくべきなのでしょう?どうか、ご一緒に聖書のみことばを学びましょう。

2021年02月28日

2021/02/21、マルコ7:1-13、宗教に救いなし

<メッセージの紹介>
イエス・キリストは、この時、パリサイ人たちからの質問に対して、預言者イザヤの言葉を引用しながら、「コルバン(=ささげもの)」のことを例に挙げて、当時のパリサイ人たちの問題や間違いについて指摘されました。

果たして、当時のパリサイ人たちの問題とはどのようなものだったでしょうか?また、彼らが抱えていた問題は、彼らだけのものなのでしょうか?今回、私たちは、そういったことについて学びつつ、私たちの心が抱えている問題について考えていきましょう。

2021年02月21日

2021/02/14、マルコ6:45-56、湖の上を歩かれたイエス

<メッセージの紹介>
前回の「5000人の給食」に続けて、この時も、イエス様は12弟子たちを訓練するために、あえて、このような環境を彼らに与えられました。そのようにして、イエス様は、様々なことに(≒すべてのことに)目的をもって、行動しておられました。

果たして、この時の弟子たちは、イエス様から与えられた課題で合格点をいただくことができたのでしょうか?また、神様は今、私たちに対しても同じような目で見ておられます。果たして、私たちは神様に喜ばれるような歩みができているでしょうか?真の神様は不可能を可能にすることがお出来になります。そういったことを、ご一緒に学びましょう!

2021年02月14日

2021/02/07、マルコ6:30-44、5000人の給食

<メッセージの紹介>
イエス様は、ある時、「5000人もの人たちの空腹を満たす」という奇蹟をなしてくださいました。しかし、ここのみことばが教えてくれているのは、それはただ、イエス様がパンや魚を増やすという奇蹟を行なってくださったというだけでなく、12弟子たち(=十二使徒)に対する「訓練の一環」でもありました。

一体、この時、イエス様は十二使徒たちに、どのようなことを教えたかったのでしょう?また、イエス様は、今の時代の私や皆さんに、どのようなことを期待しておられるのでしょうか?どうぞ、ご一緒に聖書のみことばを学びましょう!

2021年02月07日

2021/01/31、新約から随所、みこころにかなった結婚・2

<メッセージの紹介>
前週に引き続いて、この日は「神様のみこころにかなった結婚」というテーマで聖書のみことばから学びました。前週は、主に旧約聖書のみことばからユダヤ人たちに教えている結婚について、そして、この日は、新約聖書のみことばから、クリスチャンが考えるべき結婚について学びました。

現代では、結婚するカップルの内3組中1組が離婚されると言われています。結婚という選択は、本当に難しいもので、そのカップルだけでなく、その子どもたちの人生をも大きく左右します。ぜひ、ご一緒に聖書のみことばに耳を傾けて、神様からの祝福に満ちた結婚、また、神様に喜ばれる結婚ということについて考えてみましょう!

2021年01月31日

2021/01/24、旧約から随所、みこころにかなった結婚・1

<メッセージの紹介>
この前週、私たちは「ヘロデ王が間違った結婚をした」ということを学びました。では、「正しい結婚=主のみこころにかなった結婚」とは、具体的にどういったようなものでしょうか?

昨今「結婚なんていう制度は、私たち人間の必要や考えに即していない。だから、私たちは結婚しません」なんていう若者が増えてきています。そこで、今回は、聖書のみことばが教える「正しい結婚」について学ぶ機会を持ちました。様々な価値観や考えや増えているからこそ、聖書のみことばに耳を傾けてください。

2021年01月24日

2021/01/17、マルコ6:14-29、ヘロデの過ちと彼の罪


<メッセージの紹介>
人の外見は一目瞭然ですが、肝心な「人(ひと)となり」や「人間性」というようなものは、なかなか見えてこないし、判断が難しいところではないでしょうか?

マルコ伝6:14-29のみことばは、ヘロデ王とバプテスマのヨハネに関する「人間性」について教えてくれています。ヘロデ王は、バプテスマのヨハネのことを慕い、保護していましたが、最後には彼を殺してしまいました…。一方、バプテスマのヨハネの方は、神様のみこころを重んじるばかり、国主であったヘロデに対しても躊躇することなく、彼の問題を指摘しました。そういったことから、私たちは、クリスチャンとして、どのように生きていくべきなのか?また、本物の信仰とは、どういったものなのか?ということについて考えさせられるはずです。どうぞ、このメッセージをお聞きください。

2021年01月17日

2021/01/10、四福音書から随所、十字架での七言

<メッセージの紹介>
「人の本性は、その人が窮地に陥った時に分かる…」みたいなことを言われることがあります。それが本当かどうか分かりませんが、今回、私たちは、あのイエス・キリストが「十字架」という大変な状況下で発せられた「七つの言葉」に注目してみました。

そこから明らかになったのは、イエス・キリストの正体であります。イエス様は、”たまたま”十字架に磔にされたわけでも、誰かの陰謀によって殺されたわけでもありません。イエス様は、目的をもって、自ら進んで、あの十字架にかかられたのです!ご一緒に、イエス様が発せられたお言葉に注目して、イエス様の正体を見極めましょう!

2021年01月10日

2021/01/03、ルカ10:25-37、きみは愛されるため生まれた?

<メッセージの紹介>
近年、「きみは愛されるため生まれた」というゴスペルソング(≒ワーシップソング)が多くのキリスト教会で賛美されています。しかし、この「きみは愛されるため生まれた」というフレーズ(言い回し)は、聖書的なのでしょうか?

実は、私たちは、この「きみは愛されるため生まれた」というフレーズが、あまり聖書的でなく、かつ非常に問題のある表現だと考えています。果たして、聖書のみことばは、「私たちが愛されるたに生まれた」ということを教えてくれているのでしょうか?

それと、イエス様は、私たちにどのようなことを期待してくださっているのでしょう?どうぞ、「良きサマリヤ人の例え」を含むルカ10章25-37節のみことばから、ご一緒に学びましょう!

2021年01月03日

2021/01/01、黙示録2:1-5、初めの愛に立ち返れ!


<メッセージの紹介>
皆さんは、信仰を持って何年ほどになりますか?私たちは、信仰を与えられた頃に持っていた情熱や熱心さを、その後もずっと継続して持ち続けることが難しい生き物です。しかし、黙示録2章のみことばは、当時のエペソ教会に対して、「あなたは初めの愛から離れてしまった…。悔い改めよ!」ということを教えてくれています。果たして、これは、その当時のエペソ教会にだけ当てはまる みことばでしょうか?

どうぞ、共に、黙示録2:1-5のみことばを学びましょう!そうして、ますます、主に喜ばれる兄弟姉妹として生きていきましょう!

2021年01月01日

2020/12/27、ルカ13:1-9、悔い改めは、あなたにも必要です!


<メッセージの紹介>
この日は、年末最後の主日礼拝ということもあって、「悔い改め」というテーマについて考えてみました。聖書のテキストは、ルカ伝13:1-9のみことばでした。果たして、聖書が教える「悔い改め」とは、どのようなものなのでしょう?それは、ただ単に、私たちの理解や考えが変わる”だけ”なのでしょうか?

それと、一部のクリスチャンたちは「悔い改めとは、イエス様を信じる時に必要であって、イエス様を信じる信仰で救われたクリスチャンたちには、もう悔い改めは必要ない…」と考えます。果たして、聖書のみことばは、そういったことについて、どのように教えてくれているでしょうか?ご一緒に、聖書のみことばを学んでみましょう!

2020年12月27日

2020/12/20、随所、クリスマスをお祝いする理由


<メッセージの紹介>
「クリスマス」は、「イエス・キリストの誕生をお祝いする日」です。しかし、イエス・キリストは今から約2000年前の人物です。そのイエス・キリストの誕生が、現代に生きる私たちと、どのような関係があるのでしょう?また、イエス・キリストとは、どのようなお方だったのでしょう?

この日は「クリスマス礼拝」ということで、イエス様が、どういった点で私たちと違っていたのか?「イエス様だけが持っておられた5つの特徴」について、簡単に聖書の随所から学びました。まだクリスチャンでない方に聞いていただきたいメッセージです。

2020年12月20日

2020/12/13、ヨハネ12:1-3、マリヤの捧げものから教わる献身とは


<メッセージの紹介>
この日は、ヨハネ伝12:1-3のみことばを中心に、「すべてのクリスチャンがなすべき証しや奉仕、また献身」について教わりました。果たして、私たちクリスチャンは週に1度だけ教会に来て礼拝を守るだけで良いのでしょうか?また、奉仕についても、つい私たちは他の人たちと比べてしまいがちです。そうして、献身ということについても、一部の人たちは、そういったことは牧師や宣教師などの特別なクリスチャンだけに関係あると考えがちです。どうぞ、①証し、②奉仕、③献身ということについて、ご一緒に聖書のみことばから考えてみましょう。

●この日の礼拝は「信徒メッセージ」として、当教会の執事(幸島兄)が礼拝メッセージを担当しました。そのため、メッセージの原稿は公開できませんので、ご了承ください。

2020年12月13日

2020/12/06、ルカ1:38、イエスの母マリヤの信仰


<メッセージの紹介>
イエス様の母となったマリヤは、どのような信仰者であったでしょうか?正直、マリヤの信仰について、聖書はあまり多くのことを語ってはいません。しかし、御使いガブリエルから、まだ処女であった自分を通して、救い主イエスが与えられると聞いた時、マリヤの信仰は明らかにされます。

人は試練や困難を経験した時にこそ、その人の信仰(や内面の強さ)が明らかにされます。ルカ1:38のみことばから、マリヤの信仰を通して、そのマリヤが信じ仕えていた神様の素晴らしさについて考えてみましょう!

2020年12月06日

2020/11/29、マルコ6:1-13、不信仰な者たちと忠実な者たち


<メッセージの紹介>
ここマルコ伝6:1-13では、イエス様の郷里であったはずのナザレの者たちが、『イエスにつまずいた…』と聖書には記されてあります。一体どうして、彼らはイエス様につまずいてしまったのでしょう? また、それとは逆に、イエス様の弟子たちには、汚れた霊を追い出す権威が与えられました。果たして、彼らは、どのようにして、その務めを果たしたでしょうか?

現代、一部のキリスト教会では、悪霊を追い出したり、病を癒したりすることを1番(前面)に打ち出して、宣教の働きをしたり、そういったことがさも福音のメインテーマであるかのように教えています。アメリカなどで流行している「繁栄の神学」なども、そういったものの一種でしょう。しかし、聖書のみことばは、イエス様や弟子たちが「罪の赦しを得させる悔い改め」を宣べ伝えたのであって、癒しや奇蹟などがメインではないと教えてくれています。どうか、このメッセージを聞いてみてください。

2020年11月29日

2020/11/22、マルコ5:21-43、困難の中にあるからこそ


<メッセージの紹介>
ここマルコ伝5章の後半で、イエス様は、12年間も『長血』を患っていた女をいやし、また、1度亡くなってしまったはずの、会堂管理者の娘を生き返らせるという奇蹟を行なわれました。一体、このイエスというお方は何者なのでしょう?あなたは、どのように思われますか?

それと、イエス様の奇蹟を目の当たりにした、当時の者たちの熱狂ぶりはいかばかりだったでしょう?その時、イエス様の周りには、たくさんの者たちが集まって、ごった返していたと聖書にはあります。しかし、イエス様は、その少女を生き返らせた後、『このことをだれにも知らせないようにと、きびしくお命じにな(った)』とみことばには記されてあります。一体、これは、どういうことなのでしょう?また、私たちは、こういったみことばから何を学び、どのように、このみことばを実践していくべきでしょうか?どうぞ、このメッセージをお聞きください。

2020年11月22日

2020/11/15、マルコ5:1-20、悪霊たちでさえ従うイエス


<礼拝メッセージの紹介>
ここマルコ5:1-20には、イエス様が、ある人物から悪霊を追い出したことが記されてあります。しかし、当時のゲラサ地方の人たちは、そんなイエス様のことを追いやってしまいました。それは何故でしょう?

そもそも、イエス・キリストとは一体何者なのでしょう?この方は「キリスト教の開祖」と言うべきでしょうか?それとも、天の父なる神が遣わされた「約束の救い主」なのでしょうか?はたまた「稀代の嘘つき」でしょうか?

聖書のみことばによれば、この判断は、私たちの人生の方向性を大きく変えるだけでなく、あなたの永遠をも左右する問題です。どうか、決して、いい加減に済ませることなく、このメッセージを耳を傾けてください。

2020年11月15日

2020/11/08、マルコ4:35-41、あなたの信仰は働いていますか?


<メッセージの紹介>
ここマルコ伝4章で、イエス様の一行はガリラヤ湖で嵐に遭います。その時、小舟に乗っていた弟子たちは、嵐のため転覆しそうな状況にあって、イエス様に助けを求めます。しかし、イエス様は、その弟子たちを見て、「信仰が無い!あなた方の信仰はどこにあるのですか?」と言って、弟子たちを叱られます。

果たして、弟子たちの何が問題であったのでしょうか?また、現代の私たちも、新型コロナウイルスを始め、たくさんの困難や逆境という嵐の中で耐えています。果たして、私たちは、イエス様が与えてくださるような『神の平安』を持ち続けることができるのでしょうか?どうか、このメッセージをお聞きください。

2020年11月08日

2020/11/01、マルコ4:21-34、私たちの救いと神の主権


<メッセージの紹介>
イエス・キリストは、ここマルコ伝4章で、『聞く耳のある者は聞きなさい。』、『聞いていることによく注意しなさい。』ということを教えてくださいました。と言うのも、私たちは、神のみことばをどのように聞き、それに対して、どう応答するかで、その神様から祝福を受けられるか否かが決まるからです。

果たして、あなたは、どのような聞き方で、神のみことばを聞いておられるでしょうか?実は、そこにこそ、私たちの人生の「ターニングポイント」があるのです。どうか、このメッセージに対しても、真剣に、あなたの耳を傾けてくださいますようにお願いいたします。

2020年11月01日

2020/10/18、マルコ4:1-20、神のみこころと4種類の反応


<メッセージの紹介>
ここマルコ4章前半のみことばは、「道ばた、岩地、いばらの中、良い地」という4つの場所に蒔かれた種の例え話がなされています。あまりに有名な例え話ですが、多くの人たちが”その真意”を理解できていません。果たして、あなたは「神様のみこころ」を知ろうとして、本当に努力しておられますか?

イエス様は、ここで「よく聞きなさい!」とか、「聞く耳のある者は聞きなさい!」とおっしゃって、民に警告をしてくださっていますが、この当時も今も、あまりにもたくさんの人たちが、心を頑なにして、神様のみことばに心を閉ざしていたり、感情的になって、その場の雰囲気で流されてしまっていたり、正しい信仰を知らず、真の神様以外のものを優先してしまったりしています。どうか、イエス様の警告に耳を傾けてください。

2020年10月18日

2020/10/11、マルコ3:31-35、家族に関する優先順位


<メッセージの紹介>
ここのみことばでは、イエス様が宣教をしておられる最中に、ガリラヤのナザレから、イエス様の母マリヤとイエス様の弟たちがイエス様に会うため、はるばるとやって来たことが記されてあります。しかし、その時のイエス様は、母マリヤや弟たちと会おうとされませんでした…。

果たして、イエス様は、信仰の友(≒教会の仲間)を肉親よりも優先されたのでしょうか?あるいは、私たちは、信仰の家族(教会の兄弟姉妹)を肉親や家族以上に優先すべきなのでしょうか?一体、聖書のみことばは、そういった優先順位について、どう教えてくれているでしょうか?聖書からご一緒に確認していきましょう。

この日は、教会で臨時の会員総会があったため、礼拝(メッセージ)の時間が少し短くなっております。

2020年10月11日

2020/10/04、マルコ3:20-30、赦されない罪


<メッセージの紹介>
ここマルコ伝3章で、イエス様は『人はその犯すどんな罪も赦していただけます。また、神をけがすことを言っても、それはみな赦していただけます。しかし、聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます。』ということを教えてくださいました。

しかし、『聖霊をけがす』罪とは、具体的にどういったような罪でしょう?そのような罪を犯してしまったら、もう、その人は、信仰をもってしても救われ得ないのでしょうか?こういった理解は、私たちの永遠をも左右する問題かも知れません。どうぞ、ご一緒に、ここのみことばについて考えてみましょう。

2020年10月04日

2020/09/27、マルコ3:13-19、十二使徒たちの選任


<メッセージの紹介>
ここのみことばで、イエス様は、あの12人を”特別な弟子=使徒”として任命しておられます。その直前、イエス様は山に登って、一晩通して祈っておられます。そこから、私たちは何を学ぶべきでしょうか?また、そもそも、クリスチャンにとって”祈り”とはなんでしょうか?ひょっとしたら、私たちは、クリスチャンになる前とほとんど変わらない祈りを捧げてしまっていないでしょうか?

それと、その12弟子の中にはあの裏切者がおりました。イエス様は、そういったことを予見できなかったのでしょうか?そういったことを、ここのみことばを通して、ご一緒に学んでいきましょう。

2020年09月27日

2020/09/20、マルコ3:7-12、人々の熱狂とイエス様の思い


<メッセージの紹介>
当時、イエス様が大勢の病をいやしてくださったことにより、人々は熱狂してイエス様の後を追い回しました。しかし、イエス様は、そういったことを喜ばれたでしょうか?また、イエス様は、「いやし」や「しるし(神の奇蹟)」を誘い水にして、民衆たちを寄せ集めて福音のメッセージを語られたでしょうか?

ここのみことばは、私たち人間の持つ弱さと、それを知るイエス様との間に、明らかなギャップがあったことを教えてくれています。私たちは、イエス様を模範とするからこそ、宣教においてもイエス様から学ぶべきではないでしょうか?

2020年09月20日

2020/09/13、マルコ3:1-6、安息日に行なうべきこと


<メッセージの紹介>
ここのみことばも、”安息日に”片手のなえた者をいやされたイエス様に対して、パリサイ人たちが非難をしている様子を見ることができます。そういったこともあって、この日も、前週に続いて、「安息日の規定を与えられた神様の意図(=みこころ)」について考えてみました。

果たして、天の神様は、どのような意図をもって、安息日の戒めを与えられたのでしょう?本当に、神様は、「安息日には、どんないやしも…、どんな良い業もしてはならない!」ということを願っておられたのでしょうか?

2020年09月13日

2020/09/06、マルコ2:23-28、あなたの主人は誰ですか?


<メッセージの紹介>
ここのみことばでは、安息日についてパリサイ人がイエス様に質問を投げかけています。そもそも、一体なぜ、神様は「安息日」などを定められたのでしょう?神様は、ただ、ユダヤ人たちが「何の仕事もしない」ために安息日を定められたのでしょうか?残念なことに、イエス様の時代、パリサイ人たちは何も分からず、安息日の戒めを守っていると勘違いをしておりました。しかし、彼らパリサイ人たちは、一番肝心な神様のみこころを分かってはおりませんでした。

現代の私たちも、知らず知らずの内に、当時のパリサイ人たちと同じような過ちに陥ってしまっているかも知れません。イエス様の語ってくださったアドバイス(真理)に耳を傾けましょう。

2020年09月06日

2020/08/30、マルコ2:18-22、多くの者たちが主を信じない理由


<メッセージの紹介>
様々な宗教で、「断食(だんじき)」という「一定期間、食事を断つ行為」がなされているようです。確かに、聖書の中にも、断食という行為が登場してきます。しかし、多くの人たちは断食を間違って理解してしまって、そのため、せっかくの断食が意味の無いものとなってしまっていたり、そのことでもって、神様からの祝福を失うきっかけになってしまっていることがあります。例えば、聖書の中に登場してくるパリサイ人たちがそうでした。

私たち人間は、最初は喜んでしていたことが、いつの間にか、知らず知らずの内に、単なる習慣になってしまっていたり、義務感からしてしまっていることがあります。果たして、そういった行為を神様が喜んでくださるでしょうか?今回のみことばは、そういったことについて教えてくれています。

2020年08月30日

2020/08/23、マルコ 2:13-17、イエス様の招き


<メッセージの紹介>
時々「教会とは、聖人君子のような”良い人間が集まる所”である…」という間違ったイメージを持っておられる方がおられます。しかし、聖書はそう教えません。教会とは「神によって罪を赦された罪人たちの集まり」です。イエス・キリストは、当時、品行方正であった律法学者やパリサイ人たちよりもむしろ、人々からさげすまれていた取税人や罪人呼ばわりされていた人たちに話しかけられ、福音のメッセージを語ってくださいました。それは、取税人たちの方が、自分の罪深さを自覚していたからです。

『医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。』というイエス様のお言葉に、どうか耳を傾けてください。

2020年08月23日

2020/08/16、マルコ2:1-12、信仰ゆえの非常識?・2


<メッセージの紹介>
私たちクリスチャンは、しっかりとした分別を持って、非常識な言動を慎むべきです。しかし、私たちは全知全能かつ、愛と恵みに富んだ神様を信じているがゆえに、時として、信仰を持っておられない人たちからすると、驚くようなことができてしまったり、素晴らしいことを経験できたり、多少強引なことをしてしまうかも知れません。しかし、それらは皆、真の神様を信じたがゆえ、救われたゆえです。どうか、まだ信仰を持っておられないあなたにも、この神様を信じて、私たちと同じように変えられていただきたく思います。

2020年08月16日

2020/08/09、マルコ2:1-5、信仰ゆえの非常識?・1


<メッセージの紹介>
私たちクリスチャンは、しっかりとした分別を持って、非常識な言動を慎むべきです。しかし、私たちは全知全能かつ、愛と恵みに富んだ神様を信じているがゆえに、時として、信仰を持っておられない人たちからすると、驚くようなことができてしまったり、素晴らしいことを経験できたり、多少強引なことをしてしまうかも知れません。しかし、それらは皆、真の神様を信じたがゆえ、救われたゆえです。どうか、まだ信仰を持っておられないあなたにも、この神様を信じて、私たちと同じように変えられていただきたく思います。

2020年08月09日

2020/08/02、マルコ1:21-45、イエス様の優先順位


<メッセージの紹介>
私たちが、あのイエス・キリストを模範として生きていくためには、「イエス様が持っておられた優先順位」を知ることが重要です。果たして、イエス様は、どのような優先順位を持っておられたでしょう?ここのみことばからは、①行ないと動機、②肉体の休息と祈り、③肉体の癒しとたましいの救い、④感情と聖書のみことば、という比較を見ることができます。私たちも、イエス様を見習いましょう!

2020年08月02日

2020/07/26、マルコ1:14-28、イエス様がなされた宣言・3


<メッセージの紹介>
「イエス・キリストは、もともとは先駆者ヨハネの弟子であった」というのが、一般的な歴史家たちの見解です。しかし、聖書のみことばは、それと正反対のことを教えてくれています。それと、この時のメッセージでは「聖書的な悔い改め」についても考えてみました。果たして、「聖書的な悔い改め」とは、どのようなものでしょうか?

それと、新型コロナ感染防止のため、2020年7月から礼拝が二部制になり、礼拝時間とメッセージの時間が短縮されるようになりました。どうか、ご了承ください。

2020年07月26日

2020/07/19、マルコ1:14-20、イエス様がなされた宣言・2


<メッセージの紹介>
「イエス・キリストは、もともとは先駆者ヨハネの弟子であった」というのが、一般的な歴史家たちの見解です。しかし、聖書のみことばは、それと正反対のことを教えてくれています。それと、この時のメッセージでは「聖書的な悔い改め」についても考えてみました。果たして、「聖書的な悔い改め」とは、どのようなものでしょうか?

それと、新型コロナ感染防止のため、2020年7月から礼拝が二部制になり、礼拝時間とメッセージの時間が短縮されるようになりました。どうか、ご了承ください。

2020年07月19日

2020/07/12、マルコ1:14-15、イエス様がなされた宣言・1


<メッセージの紹介>
「イエス・キリストは、もともとは先駆者ヨハネの弟子であった」というのが、一般的な歴史家たちの見解です。しかし、聖書のみことばは、それと正反対のことを教えてくれています。
それと、この時のメッセージでは「聖書的な悔い改め」についても考えてみました。果たして、「聖書的な悔い改め」とは、どのようなものでしょうか?

それと、新型コロナ感染防止のため、2020年7月から礼拝が二部制になり、礼拝時間とメッセージの時間が短縮されるようになりました。どうか、ご了承ください。

2020年07月12日

2020/07/05、マルコ1:9-13、イエス様のバプテスマ・2


<メッセージの紹介>
イエス様は、あのバプテスマのヨハネから、バプテスマ(洗礼)を受けられました。しかし、イエス様には、私たちと同じようなバプテスマは必要ありませんでした。では、イエス様が受けられたバプテスマには、どのような意味があったのでしょう?

この日から、「礼拝の自粛」を一旦解除して、皆で集まる礼拝に戻りました。そこで、礼拝の自粛前に学んだメッセージの続編を学びました。YouTubeでは、その後編しか公開されていませんが、下記にある「メッセージの原稿」をご覧くださいますと、前半部分の原稿も見ることができます。

それと、新型コロナ感染防止のため、2020年7月から礼拝が二部制になり、礼拝時間とメッセージの時間が短縮されるようになりました。どうか、ご了承ください。


2020年07月05日

2020/06/28、ピリピ 3:17−21、あなたの国籍はどこにありますか?


<メッセージの紹介>
この日は「救い」と言うか、天に国籍を与えられたクリスチャンの生き方について考えてみました。「本当に救われたクリスチャンが持つべき目線」とは、①向上を目指している者にこそ目を留める、②地上のことばかりに目を奪われすぎない、③神様が与えてくださる報いに目を向ける、ということでした。
イエス様は、『あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。』と教えてくださいました。果たして、あなたの目線はどこに向いているでしょう?

この日は、動画を録画したパソコンの問題で、映像と音声に若干のズレがあります。ご了承ください。

2020年06月28日

2020/06/21、Ⅱテモテ 2:1-6、クリスチャンとして成熟していくために


<メッセージの紹介>
この日は「父の日」ということもあって、クリスチャンの成熟について考えてみました。ここのみことばは、私たちクリスチャンの成熟を分かりやすく、①教師、②立派な兵士、③競技者、④農夫という4つのイメージを使って教えてくれています。願わくは、すべてのクリスチャンが成熟していきますように…。

2020年06月21日

2020/06/14、Ⅱテモテ3:12–17、聖書がもたらしてくれる神の恵み


<メッセージの紹介>
「神のみことばである聖書」は、どのような恵みを私たちに与えてくれるのでしょう?聖書のみことばは、私たちに①救いの恵みと、②霊的な成長をもたらしてくれます。ますます、この聖書のみことばを真剣に学ぶ者となっていきましょう!


2020年06月14日

2020/06/07、マタイ5:13–16、あなたに与えられた務め


<メッセージの紹介>
イエス様は、山上の説教で、弟子たちに対して「あなた方は、地の塩、世の光である」と教えてくださいました。神様が、私たちのことを変えてくださった恵みについて、そして、その恵みに答えようとしない”愚かさ”について学びました。クリスチャンの基本です。

2020年06月07日

2020/05/31、Ⅰテモテ1:12-17、見本とされたあなた


<メッセージの紹介>
今は、「新型コロナ禍」のため、皆が様々なストレスを抱えています。しかし、天の神様は救われたクリスチャンたちのことを①強めてくださるし、②いかなる時も喜びを与え、③神のために用いてくださいます。初めから成熟したクリスチャンはおりません。弱く愚かな私たちを成長させてくださる、神様の恵みについて考えてみましょう!

2020/05/03の礼拝以降、それまでのiPhoneではなく、ちゃんとしたマイクを使って音声を録音&配信しましたので、少しは聞きやすくなったと思います。それと、5/3以降、YouTubeの画面にワイプを入れるようにしてみました。

2020年05月31日

2020/05/24、ローマ12:1、神が受け入れてくださる礼拝・2


<メッセージの紹介>
今は、「新型コロナ禍」のため、皆で集まって礼拝を捧げることができません。そんな時だからこそ、この日は、「神が受け入れてくださる礼拝」について考えてみました。

2020/05/03の礼拝以降、それまでのiPhoneではなく、ちゃんとしたマイクを使って音声を録音&配信しましたので、少しは聞きやすくなったと思います。それと、5/3以降、YouTubeの画面にワイプを入れるようにしてみました。


2020年05月24日

2020/05/10、ローマ12:1、神が受け入れてくださる礼拝・1


<メッセージの紹介>
今は、「新型コロナ禍」のため、皆で集まって礼拝を捧げることができません。そんな時だからこそ、この日は、「神が受け入れてくださる礼拝」について考えてみました。

2020/05/03の礼拝以降、それまでのiPhoneではなく、ちゃんとしたマイクを使って音声を録音&配信しましたので、少しは聞きやすくなったと思います。それと、5/3以降、YouTubeの画面にワイプを入れるようにしてみました。


2020年05月10日

2020/05/03、ヨハネ4:1-39、イエスは真の礼拝を要求する


<メッセージの紹介>
今は、「新型コロナ禍」のため、皆で集まって礼拝を捧げることができません。でも、そんな時だからこそ、今日は、ヨハネ4章に記されてあるサマリヤの女のエピソードから、礼拝について、また、「本当の救いに見られる3つのステップ」について考えていきましょう!

タイトルをご覧くださったら分かる通り、この日のメッセージは「イエスの福音」を参考にしてあります。

この日の礼拝以降、それまでのiPhoneではなく、ちゃんとしたマイクを使って音声を録音&配信しましたので、少しは聞きやすくなったと思います。それと、この日以降、YouTubeの画面にワイプを入れるようにしてみました。


2020年05月03日

2020/04/26、マルコ12:28-34、1番大切な命令?


<メッセージの紹介>
聖書の中には数多くの教えや命令が書かれてあります。しかし、そういった中で、イエス様は「1番大切な命令」として、どのようなことを教えてくださったでしょうか?どうか、私たちが最も優先すべき教えに耳を傾けてみてください。

この時は、iPhoneを使って録画&配信をしたので、マイクの音量が小さいですが、どうかご容赦ください。


2020年04月26日

2020/04/19、イザヤ43:1-7、あなたは高価でも、尊くもない?


<メッセージの紹介>
「わたしの目には、あなたは高価で尊(たっと)い。わたしはあなたを愛している。」現代、多くのキリスト教会で、このみことばが誤用されています。あなたは、このみことばの前後(≒文脈)を読んだことがありますか?どうか、この有名なみことばを正しく理解(解釈)して、あなたの信仰生活に適用してください。
私たちは価値があるから救われたのではありません。価値を失ってしまった私たちを、神が価値ある者へ変えてくださったのです。どうか、その”秘訣(恵み)”を知ってください。すべてのクリスチャンに聞いてほしいメッセージです。

この時は、iPhoneを使って録画&配信をしたので、マイクの音量が小さいですが、どうかご容赦ください。音声が聞こえづらい場合は、メッセージの原稿をご覧ください。

2020年04月19日

2020/04/12、ヨハネ19:28-30、十字架でのあがない


<メッセージの紹介>
この日は、2020年のイースター(復活祭)でした。そこで、私たちはもう1度、「イエス様がかかってくださった十字架とは、どのようなものであったのか?」ということを振り返りました。

この時は、iPhoneを使って録画&配信をしたので、マイクの音量が小さいですが、どうかご容赦ください。


2020年04月12日

2020/04/05、エペソ2:1-10、私たちが救われた理由


<メッセージの紹介>
果たして、「私たちは価値があるから救われた」のでしょうか?確かに、現代は多くのキリスト教会がそう教える傾向にあります。しかし、聖書(特に、エペソ2:1-10)のみことばは、それとは全く正反対のことを教えてくれています。どうか、「私たちが何を信じたいか?」ではなく、「聖書のみことばが、どのように教えてくれているか?」ということに集中して、メッセージをお聴きください。

この時は、iPhoneを使って録画&配信をしたので、マイクの音量が小さいですが、どうかご容赦ください。


2020年04月05日

2020/03/29、ローマ8:28、苦難を乗り越えた信仰者たち


<メッセージの紹介>
「新型コロナ禍」の中にあって、今、私たちは大変な状況に置かれています…。そんな状況の時にこそ、真の神様とその神様がなしてくださった御業に目を留めるべきです。この時は、①ピリピの町で投獄されたパウロ、②数々の災害にあった、旧約時代のヨブに目を向けて、「天の神様が常に最善だけをなしてくださる!」ということを学びました。

この時は、iPhoneを使って録画&配信をしたので、マイクの音量が小さいですが、ご容赦ください。


2020年03月29日

礼拝動画の配信を始めました

HP管理者がHP作成の初心者なので、どうなるか分かりませんが、YouTubeに配信している当教会の礼拝の様子を、幾つかここで紹介してみます。もし興味があれば、ご覧ください。 m(__)m

2020年03月28日